知ったかブリタニカ

オランダは単なるストローか。蘭学が日本に与えた影響について、ブリタニカはかく語りき。

江戸時代の日本において、西洋との交流は「鎖国」によってオランダのみに制限されていた。そのため、西洋の文物は「蘭学」という形で江戸時代の日本に流入し……というような話を中学生の時に習ったような気がするけど、パッと思い出せるのはエレキテルぐらい。あれ本当に役に立ったのか?

というわけで、あまり期待せずにブリタニカ百科事典をあたってみたところ、なんとそのまんまRangakuという項目があった。

え、欧米の百科事典に「蘭学」なんて項目があるの!? こんな項目があること自体驚きだが、果たして彼らの視点から日本の「蘭学」はどう映っているのか。今日も辞書を片手にブリタニカ百科事典を紐解く……

出島に入港するオランダ船
出島へ入港するオランダ船を望遠鏡で眺めるシーボルト
Kawahara Keiga [Public domain], via Wikimedia Commons

この記事はEncyclopedia Britannica(ブリタニカ百科事典)の記事Rangaku (Japanese history)からの引用を元に、独自研究を加えて自分なりの見解をまとめたものです。

引用元の英文にはすべて日本語訳をつけてますので、英語が苦手な方でも安心して読めるようになっています。

【コンテンツ構成例】

ブリタニカ百科事典からの引用部(英文)

・英単語注釈

日本語訳

・ブログ「知ったかブリタニカ」主筆マジオによる解説と見解

目次

蘭学の概要

Rangaku, (Japanese: “Dutch learning”), concerted effort by Japanese scholars during the late Tokugawa period (late 18th–19th century) to learn the Dutch language so as to be able to learn Western technology; the term later became synonymous with Western scientific learning in general. 

– Encyclopedia Britannica #Rangaku

concert 協調(協定)する effort 努力 scholar 学者 term 用語 synonymous 同義の in general 一般に

蘭学(日本語で「オランダの学問」の意味)とはすなわち、西洋の技術を学ぶことができるようにするためにオランダ語を学んだという、江戸時代後期(18世紀後半から19世紀)における日本の学者たちによる共同の尽力のことであり、その「蘭学」という言葉はのちに、一般的には西洋科学の学習と同義なった。

マジオ
マジオ
ちょっと訳が苦しいか。大意は簡単にとれるんだけど、適切に訳せといわれると難しい文だなぁ。

これ、冒頭のRangakuとセットになってる動詞って、もしかしてずっと後ろのbecameというオチなのだろうか。Rangaku became synonymousというのがこの文の骨子のように感じるが……

まあとにかく、「蘭学」ってのは、江戸時代における西洋科学のことを指していたってことだね。たまたまオランダ経由でオランダ語で入ってきたから、「蘭学」という名前なだけってことだ。

橋本宗吉著「阿蘭陀始制エレキテル究理原」のエレキテルによる百人怯え実験の絵
橋本宗吉著「阿蘭陀始制エレキテル究理原」のエレキテルによる百人怯え実験の絵
橋本宗吉 [Public domain], via Wikimedia Commons

鎖国について

With the exception of the Dutch trading post on the island of Deshima in Nagasaki Harbour, Japan remained inaccessible to all European nations for some 150 years after 1639, when the Tokugawa government adopted a policy of severely restricted economic and cultural contact with the West. 

exception 例外  trading post 商館 Harbour 港 inaccessible 寄りつきにくい adopt 採用する policy 方針 severely 厳しく restrict 制限する

長崎港の出島にあるオランダ商館を除けば、徳川幕府が西洋との経済的および文化的交流を厳しく制限する方針を採用した1639年以降の約150年間、日本はヨーロッパ諸国にとって寄りつきにくい状態が続いていた。

鎖国の説明だね。trading postは一応「商館」と訳したけど、英和辞典によると「(未開発地、未開発地の原住民との)交易所」という意味らしい。ずいぶん失礼なこっちゃ。直訳すると「交易拠点」程度の意味にしかならないけど、歴史的にはそういうニュアンスで使われてた用語でした、ということなんだろう。

マジオ
マジオ
まあ、当時は日本でも、ポルトガル人やスペイン人のことを「南蛮人」なんて呼んでた時代ですからねぇ……

ところで「出島」はデジマと読むものだと思っていたが、ブリタニカはデシマ(Deshima)と呼んでいるな。港の綴りがharborじゃなくてharbourとイギリス英語のつづりになっているのはやはりイギリス生まれの百科事典だからか。

長崎港はNagasaki Harbourか。そのまんまだね。だけど世の中不思議なもので、Dutch Harbourはオランダ港という名前のくせに、オランダにあるわけではなかったりする。

ダッチハーバーはアリューシャン列島にある。

江戸時代におけるオランダ語の役割

The Dutch language was therefore the only medium by which the Japanese in the late 18th century could study European technology

medium 媒体、手段

故にオランダ語は18世紀後半の日本人がヨーロッパの技術を学ぶための単なる手段だった。

別にオランダがすごかったわけじゃなくて、オランダはいわば、ジュースを喉に届けるストロー程度の役割だったんだよ、ぐらいのニュアンスか、これ。さすがイギリス出身の百科事典だ。この記事を書いたのもイギリス人のような気がするが……

蘭学の歴史的意義

The rangaku scholarly tradition heightened Japan’s later, wide-ranging responses to the West in the late 19th and 20th centuries. Dutch-Japanese dictionaries were compiled, and Dutch books were published. Rangaku scholars studied European medicine, military science, geography, and politics.

scholarly 学術的な tradition 伝統 compile (資料をまとめて)編集する medicine 医学(とくに内科)military science 兵学 geography 地理学 politics 政治学

蘭学の学術的な伝統は、19世紀後半から20世紀において、西洋に対する日本の広範な対応を強めた。蘭日辞典が編纂され、オランダ語の本も出版されていた。蘭学者はヨーロッパの医学、軍事学、地理学、政治学を学んだ。

ここが「蘭学」の肝なんだろうなぁ。日本は鎖国中も、オランダを通してある程度西洋にキャッチアップできていて、かつこの「蘭学」の素地が、開国後の素早い近代化につながった、ということなんだろう。

日本人のぼくの立場からすると、「蘭学」を語るならばこの部分が一番大切だと思うのですよ。

だけどさぁ、このブリタニカの記事が一番言いたかったことって、「オランダは単なるストローだった」という点なんじゃないかなぁ。イギリス系の百科事典のせいか、この記事の著者、オランダとオランダ語をディスる気満々だろうよ、とぼくは感じるのですが……

大日本沿海輿地全図 大図 渥美半島付近
伊能忠敬が正確な日本地図作成のために用いた測量学や天文学も蘭学である
大日本沿海輿地全図 大図 渥美半島付近
伊能忠敬 [CC BY-SA 3.0], via Wikimedia Commons