一般的に、海のシルクロードとはインド洋経由の航路と認識されているが、16世紀にはすでに北太平洋を横断する海のシルクロードも存在した。
パナマ運河もなかった時代、なぜあえてガレオン船でアメリカ大陸へ絹を運んだのか。今夜も辞書を片手にブリタニカ百科事典を紐解き、その謎に迫る。
この記事はEncyclopedia Britannica(ブリタニカ百科事典)の記事Manila galleon (Spanish sailing vessel)からの引用を元に、独自研究を加えて自分なりの見解をまとめたものです。
目次
マニラガレオンとは
マニラガレオン概要
Manila galleon, Spanish sailing vessel that made an annual round trip (one vessel per year) across the Pacific between Manila, in the Philippines, and Acapulco, in present Mexico, during the period 1565–1815.
-Encyclopedia Britannica #Manila galleon
sailing vessel 帆船 annual 例年の round trip 往復の旅 present 今の
present Mexicoということわりを入れているのは、今のメキシコが建国される前の話だからだろう。(調べてみたところ、当時はヌエバ・エスパーニャ、つまり新スペインと呼ばれていて、メキシコという名前はまだなかったようだ)
フィリピン在住スペイン人の生命線としてのマニラガレオン
They were the sole means of communication between Spain and its Philippine colony and served as an economic lifeline for the Spaniards in Manila.
sole 唯一の means 手段 colony 植民地 lifeline 生命線
この”lifeline”って「生命線」とか「命綱」という意味で、日本でよく使われる防災用語としてのライフライン(電気・ガス・水道)の意味はないらしい。それらを指し示す英単語はutilitiesのようだ。
ところで、ここで使われている動詞のserveはなかなか興味深い。この動詞は主語が人間以外の無生物であっても、人にserveするもの(鉄道・病院など)に対してであれば使えるようだ。
そういえば以前に書いたタイタニック号の姉妹船の話でも、”in service”で「(船が)運行している」という用法があったけど、それも合わせて考えると、なんとなくserveやserviceという言葉のニュアンスが見えてきた。基本的には、人の役に立っている状態ということなのだろう。
ガレオントレードにおけるマニラの役割
During the heyday of the galleon trade, Manila became one of the world’s great ports, serving as a focus for trade between China and Europe.
heyday 全盛 focus (関心の)中心
中国の品物が欲しいのに、あえて拠点を海を隔てたマニラに置いているのは、中国と陸続きの場所だと、中国の影響が大きすぎるからだろう。
それなら台湾の方が便利じゃないか……いや待て、そういえば台湾には紅毛城というスペインが作った城があったぞ。10年前に実物を見たことがある。
その後、スペインはオランダに敗れて台湾から撤退し、そのオランダものちに鄭成功によって台湾から駆逐されている。台湾は交易拠点としての立地は申し分ないが、いかんせん中国本土に近すぎた、ということだ。
そういう経緯で、スペインは東洋の交易拠点をマニラに置いていた。しかも、”one of the world’s great ports”とあるから、その重要性は相当なものだったようだ。
マニラガレオンの交易内容
マニラガレオンの交易品
Though Chinese silk was by far the most important cargo, other exotic goods, such as perfumes, porcelain, cotton fabric (from India), and precious stones, were also transshipped via the galleon.
by far 断然 cargo 積荷 exotic 外国産の perfume 香水 porcelain 磁器 cotton fabric 綿織物 precious stone 宝石 transship (別の船に)積み替える via 〜を通して
シルクロードという言葉があるくらいだから、絹は中国の重要な輸出品だったのだろうが、それにしても絹の価値というのは相当なもののようだ。
マニラガレオンの利益率
After unloading at Acapulco, this cargo normally yielded a profit of 100–300 percent.
unload 積荷を降ろす yield (利益を)もたらす profit 利益
100〜300パーセントの利益というのはつまり、マニラからアカプルコまで積荷を運ぶと、仕入額の2倍から4倍でさばけるということか。
マニラガレオンの航路
On its return voyage, the vessel brought back huge quantities of Mexican silver and church personnel bearing communications from Spain.
voyage 航海 yield (利益を)もたらす profit 利益 personnel 人員 bear 広める、伝える communication 情報
遠回しに書いているけど、”church personnel bearing communications from Spain”っていうのは、スペイン本国の息のかかった宣教師ってことだよなぁ。
マニラガレオンの歴史的位置づけ
マニラガレオンがフィリピンに与えた影響
The galleon trade had a negative effect on economic development in the Philippines, since virtually all Spanish capital was devoted to speculation in Chinese goods.
virtually 実質的には、ほとんど capital 資本 devote ささげる speculation 投機
つまり、マニラはスペインにとって東洋貿易の重要拠点ではあったが、お金はほぼすべて中国製品の買い付けにつぎ込まれたので、フィリピン経済の発展には寄与しなかったってことか。
この銀と絹のトレードのことを“speculation”と言っているあたりに、マニラガレオンに対する筆者の否定的な気持ちがこもっているように感じられる。(そういえば、スペインの元植民地って、総じてあまり発展してない気がするね……)
マニラガレオンの衰退
The importance of the trade declined in the late 18th century as other powers began to trade directly with China.
decline 減退する
“other powers”の正体をあえて書かないこのクールな締め! これがブリタニカっぽいとぼくは思うのですよ。単に事実を正確に書くだけではなく、こういう文芸的な表現で締めくくってくるところが、なんともシビれるなぁ。